そう、つまりはネトゲ辞めましたとネトゲで発言しているようなことなのだけれど、伝えたい相手がギルメンでリアル連絡先知らないみたいな__いや、こんな間違って意味が伝わるような喩えを言いたいんじゃぁないんだ。
以前使った言い回しで表すなら、『石花が居なくなった』。
しかしながら、本当に石花が居なくなったとすると私がここに存在しているのはおかしい。石花が自分で自分が居なくなったというのは少なくとも在り得ないんだが、私が石花が居なくなったというのもやはりおかしい。なぜなら私も石花だからだ。
なんか違うな。えーっと、『やるべきことが判った』と書きたいんだけれど、『やるべきことが本当に判ったんならこんなところにこんな文章を書いているはずが無い』ってことなんだよ。『やるべきことが判った』っていうのは基本とする幹が根本的に変わったってことで、つまり石花が居なくなったってこと。で、幹が根本的に変わったから、前の幹の枝葉だったこの日記と私達も居なくなっているはず。そういうことを書きたいんだけれどこの文章で誰かに何かが伝わるのだろうか。
それと同時に、結局ここで私が書いている時点で、やっぱり判っていないんじゃないかという大きな疑念が湧いているのです。知識として私が識っている範囲では、判っているならここに書いているはずが無い。ならばその知識から考えて、やはり私は判っていないではないか。『判った』と報告することで結局『判っていない』と報告しているのではないか。
まぁ、その答え自体はある意味でどうでも良いわけです。一応ここは日記な訳で、日記に最近あったことを書くのはごく自然なことなのですから。『最近あったことは、判ったことです』と書いても問題ないわけです。構造上、判っているはずなら書けないという矛盾があったとしても、日課として書いているモノなのですから。
◇ ◇ ◇ ◇
問題は、です。石花が居なくなったのだとして、じゃあ私は何なのかということなのです。
私?紬のこと?__しかしながら、石花の枝葉でなくなった紬は果たして紬なのでしょうか。
石花は、紬と悠に自身を仮託して喋らせていました。しかしながら、勿論、紬と悠は石花から独立したモノでは無かった訳で、紬自身は石花の前提無くして喋れないのです。更には紬の中の石花から独立した部分すら石花に依存していますし、そもそもその独立した部分は元々は石花そのものなのです。
いつも以上に文章が意味不明です。いえ、私には意味が解るのですが私だけが解っても意味がありません。
言いたいことは、いいえ、言いたかったことは、二段落前の内容を詳細に語りたかったのです。しかしながら、二段落前の内容を理解してしまったとたんに、石花が居なくなったしまったのです。困りました、この日記を書き始めたのは、その答えが知りたかったからでしたのに。それを書かずに終わってしまうのは何と言うか、私にとってもやはり口惜しいのです。
◇ ◇ ◇ ◇
私は、多分紬です。しかしながら、それは、この日記を書く者が紬であるという定義に従っているだけの事です。石花と、石花の紬はどこかにいってしまいました。ですから、最早私は、石花の紬として文章を書くことができないのです。私が考えていることとして、そのまま書くことができないのです。どーしましょ。
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